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20150921日(月)15時10分

フリーフォント作者になって思うこと

僕は去年7月、『takumi書痙フォント』をこのブログで初公開した。

手書き風フォントなど極々ありふれたものかもしれない。だけども僕自身は、ひとつのフォントを完成させた経験がないし、とりあえずもっとも手軽な「手書き」という方法で、一定のラインまでフォントを作ってみることにした。
スキャンなどの作業も面倒だったので、紙ではなく、ペンタブと「手書きフォントメーカー」という武蔵システムのソフトを使ってPC上で直接書いていった。(作ったあとになって考えると、これはこれでPCと向き合い続けなければならないし、しんどかったんだけどね…。)

そして去年12月に、漢字を第2水準まで全て揃えて、このフォントを完成させた。


そんな僕が、フォントを使う時にフォントそのもののデザイン以外のことでものすごく気にしているのが(いや、気にするのが当たり前なんだけど)、フォントの使用条件だ。
使用条件のやたら厳しい(ユーザーのことを考えていない)フォントは、「そんなやかましいことばかり言うならこっちから願い下げだ!誰が使ってやるもんか!」と言わんばかりに僕は使わないことにしている。

一方で、フリーフォントであれば特に、使用条件を気にせず(確認せず)使う人もいる。
芸術系のウチの大学でさえ、学生がフリーフォントの使用条件をよく確認せずに作品に使って、問題になったことがあるようだ。
そのように考えると、ただ僕は横柄なだけに見えるかもしれないが、使用条件は気にしている僕のような人間の方がマシかもしれない。


そんな僕が、僕自身でtakumi書痙フォントというひとつのフォントを完成させて(ひとつのフォントの作者になって)、フォントの「使用条件」について思ったことをちょっと綴ってみたい。



takumi書痙フォントは、紙媒体への印刷や、Webページの画像、動画のテロップなど、「第三者がその場でフォントを改変したり使用したりできない」形での使用を認めている。
それを守ってくれるのであれば、商用でも非商用でも自由に使ってくれて構わない、と。

ただし、Webフォントとして使ったり、機器に埋め込んだりと、フォントそのものが第三者に渡る可能性がある使用方法は認めていない(2015年9月現在)。

過去に何度か、サーバーにアップするなどして使った人がいて、ユーザーに注意したことがあった。


しかしユーザーからすると、こういうのってすんげー「うるせえなあ」と思うと思うんだよね。
もっと自由に使わせろよ、と。別に良いだろ、使ってやるんだから、と。

僕としてもできたら使用条件をもっと緩くしたい。


…なら緩くしろって?できないのだ。
それはなぜか?


ユーザーからしたら、「お前んとこのショボいフォント使ってやるんだからありがたく思えよ!フンッ。」なんて思われるかもしれないが、こんなフォントでも、僕はものすごく長い時間をかけて作ってきたんだよね。

だからって、良いフォントだとは全く思っていない。
他の手書き風フォントはなってない!って思うところがあったから(正直)、それを僕が改善したフォントを作ってやる!という思いもあってtakumi書痙フォントを作ったんだけど、思ったより難しくて、思うようなものは作れなかった…。

しかし、だから楽だったのか?というと決してそうではなかった。
一定のところまで収録文字を増やすために徹夜して、目が痛い中で作り続けたこともあったし(こんなフォント作るのに!?って思うでしょ?)、画数の多い字にさしかかると、手が思うように動かず、だけどそんな文字をたくさん作らなきゃいけなかったから、イライラしたこともあった。

そんな中で完成させたから、完成度が良いか悪いかとかとは別に、愛着があるんだよね。
はっきり言って完成した僕のフォントはショボかった。
ネットで誰も顔が見えないところだから配布できるけど、生身の人間数十人、数百人の前でプレゼンして、自分でCDに焼いて配布できるようなものでは決してない。

だけども、「頑張って作った」分、愛着は湧いたのだ。


愛着があるから、どうしてもオープンソースフォントのように、「煮るなり焼くなり好きなように使ってください。」って言って配布することはできないのだ。
いろんな人に配布し、使って欲しいと思いつつも、完全には手放せないんだよ(笑)。


しかし、フリーフォントの作者さんは、オープンソースフォントと同然か、それにかなり近い使用条件で配布してることも多い。
僕はそこまで寛容じゃないから、なかなかマネできないな(^_^;)

だけども僕と同じようなことを思ってるフォントの作者さんっているんじゃないか…?



フリーフォントでも買ったフォントでも、完成度の高いフォント、低いフォント、好みによっても好き嫌いは分かれると思う。

だけどそれは機械でなく、人が作ったものなのだから、使う・使わないは自由だけど、誰かの作品であることは忘れないで欲しいな。
少なくとも、ユーザーが思ってるよりはずうっと、作る方は大変で、ユーザーよりもずうっと、作者は自分のフォントが大好きなのだ。

たとえ使用条件が緩い=心置きなく使えるフォントでも、フォントを作った人への感謝の気持ちは必要だね。
「なんか知らないけどネットで落ちてたの(フォント)を拾って使った」という感覚でフォントを使ってる人も多いようだが、正直、そういう人にはフリーフォントは使わないで欲しいね。あまりにも失礼過ぎると思う。


そんな僕はたぶん、オープンソースフォント作者さんのように、寛容な人にはなれない(笑)。

けれども僕なりに、使いやすい形・使用条件にして、フォント配布しているつもりだ。
だから大切に使って欲しいな。



以上、ィヨロシク!!
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