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20151213日(日)09時34分

誰もがぶち当たる壁…泡のように儚いみなみの夢

『湧き上がる想い!みなみの本当のキモチ!』
わたしの将来の夢ってなんだろう…?
思い悩むみなみは、「海に呼ばれる夢」を、最近よく見るという。
一方はるかたちは、元気のないみなみを心配していた。



海に呼ばれる夢…か。
夢のことで夢を見るというのは、何だか複雑。
人間というのは面白い生き物だ。



僕はこの年齢になって思うけど、子供の時は、たくさん夢見て良いと思う。
それは明確な将来の夢ではなく、文字通り“夢”で終わる、ただの夢で良いんだよ。
ひとまずみなみちゃんの夢は、「海のお医者さん」に決まったわけだけど、別にこれが今後、キャビン・アテンダントになっても、システムエンジニアになっても良いわけだよ。(どこから出て来たんだ…。)

数多くある職業の中から、たったひとつを選ぶことだって難しいよね。

僕もみなみちゃんのように悩んでいた時期があった。
漫画家になりたいと思って漫画描いてた時期もあったし、小説家になりたいと思ってノートに小説を書いていたこともあった。
天文学者になりたいと思い、自分で情報を図や文章でまとめてみたりとかもしたな。
(みなみちゃんの話を聞いてくれていた座間すみれ先生も、子供の頃の夢はよく変わっていた、って言ってたよね。)


子供の時に見る夢が大人になってから見るそれと違うのは、非常に「楽しめる」こと。
自分だけの物にするのもよし、友達と共有するのも良し、いろんな楽しみ方ができる。
大人になるとそれは、単なる悩みの要因にしかならなくなる(人にもよるだろうけど)。

きれいごとに聞こえるかもしれないが、別に叶えるだけが夢じゃないと思うんだよね。
「叶えなければ意味がない」夢なら、最初から見ようとも思わないもの。


僕だったら、今なら公務員になって、仕事は仕事と割りきってやって、民間企業より比較的多く取れる(であろう)余暇を使って、自分のやりたいことを存分にやるのが夢(理想)。
僕は正直、好きなことは仕事にできるとは思わないからね。仕事は仕事と割りきってやるものだと思っている。

しかし、それもまた変わるかもしれない。
僕も大人と言ってもまだ21だから、どうして行きたいかとかよくわかんない面があるし、それは今後社会に出てからも変わっていくことだろう。


一度きりの人生だから、みなみちゃんにも後悔しない道を歩んで欲しいね。
というか道に迷ったら、方向転換してみるのも良いのではないかと思う。(それが苦手な僕が言うことじゃないが(笑)。)


僕の好きな歌で、NO PLANの『○(マル)あげよう』という歌がある。2004年の劇場版クレヨンしんちゃんの主題歌として使われた歌だ。
子供の頃は歌詞の意味がよくわからなかったが、今になって共感できる面が多くある。
「普通の人なんかにゃ なりたくない」
「叶えるのが夢だけど 叶わなくても夢は夢さ」
「人は変わってくモノだけど 人は変わらぬトコも良くて」
「波瀾万丈 十人十色」
「ただ少年の真っ直ぐさを 失くしたくないだけ」
「平凡な毎日に ○(マル)あげよう!!」



それに、人生のはかなさをいう言葉も多くあるんだよ。

「泡沫夢幻(ホウマツムゲン)」
「黄粱一炊(コウリョウイッスイ)の夢」
「邯鄲(カンタン)の夢(枕)」
「蜉蝣(フユウ)の一期」

いずれも人生のはかなさをいう。
他にも似た意味を持つ四字熟語や故事が多くある。

つまり昔から、誰もが人生ははかないものだと感じていたってことだね……。



――次回もみなみちゃんのおはなしだ。

例年のプリキュアにも各々の夢についてのエピソードがあったけど、プリンセスプリキュアはかなり丁寧に描かれている気がする。

みんなを守る(人の上に立つ)プリキュアも、みんなと同じことで悩み苦しむんだね(笑)。



次回にも期待して、ィヨロシク!!
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